外来魚問題関連情報

アクセスカウンタ

zoom RSS 湖国で働く /12 斎木産業 琵琶パール、復活に力 /滋賀

<<   作成日時 : 2016/12/06 00:26   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

気持ちはわかります。しかしイケチョウガイの種苗の選定はもっと慎重に行うべきではなかったのですか?

以下引用。
http://mainichi.jp/articles/20161128/ddl/k25/040/365000c
湖国で働く /12 斎木産業 琵琶パール、復活に力 /滋賀
毎日新聞2016年11月28日 地方版

琵琶湖は、淡水真珠養殖が国内で発祥したところだ。その内湖である西の湖(近江八幡市)で、「斎木産業」代表取締役の斎木勲さん(75)は、かつて、国内にとどまらず海外でも高い評価を受けた琵琶湖産真珠の復活に取り組んでいる。クラウドファンディングを活用して一般からの支援を募り資金調達する新しい手法で事業を継続した。一時は消滅の危機にあった養殖事業。斎木さんは、「その灯を絶やさない」と復活に情熱を注いできた。【土居和弘】

「イケチョウ貝を育ててほしい」。2008年の秋、県真珠養殖漁業協同組合の組合長を務める斎木さんに、県水産課から相談があった。この貝は真珠を育てる母貝となる。母貝の育成からやり直さないと復活は期しがたかった。しかし、養殖事業をする組合員は数えるほどにまで減っていた。

当時、リーマン・ショックに端を発した不況が国内にも及び、県は国の予算措置に伴い、失業者らを対象とした雇用対策事業を始めていた。その一環として、衰退する一方だった真珠養殖事業への新規雇用もリストアップされていた。

「漁業権を返上しようと思っていた矢先でした」と、斎木さんは言う。自らの事業も細々でしか続けられていなかった。一方、「琵琶湖の真珠をなくすのには忍びない」と、諦めきれない思いもあったという。水産課職員の熱心な説得に、廃業を撤回して翌年度から3人を受け入れ、復活を目指すことにした。

琵琶パール。きれいで深みのある輝きを持つ

琵琶湖産真珠は、きれいで深みのある輝きが魅力の一つ。紫、ピンク、白などさまざまな色の真珠を作ることができるのも特長だ。母貝のイケチョウ貝を育てるのに3年、母貝に貝の細胞片や核を植え付け真珠を育成するのに3年と、長い期間が必要だが、その時間が独特の光沢と色合いをつくり出す。

琵琶湖では大正時代終わりから昭和時代初めの頃に、固有種であるイケチョウ貝を母貝に使った養殖に成功し、戦後に「内湖」と呼ばれる、西の湖など湖周辺の湖沼で養殖が盛んとなった。欧米など海外にも輸出され、1970年代初めには生産量が6000キロ超、80年には生産額が40億円を超えた。しかし、80年代以降、天然のイケチョウ貝が減少し、外来種の水草の大量繁殖などによる生態系の変化で、貝の生育不良や死亡なども相次ぐようになった。安価な中国産真珠の攻勢も受け、養殖事業は衰退。00年代には、生産量は十数キロに落ち込んだ。

斎木さんが県真珠養殖漁業協同組合の組合長に就いたのは95年。組合解散の声も上がる中、存続を決め、水草の除去や外来魚の駆除など生育環境の改善を進めていた。

09年から、再開したイケチョウ貝の育成は、新規雇用した3人に加え、養殖の経験者にも声をかけ6人で取り組んだ。事業を休止した養殖業者に声をかけ、稚貝を集めた。最初は、顕微鏡で見ないと分からないほどの大きさの稚貝を専用の容器に入れ、養殖場の水面下約1メートルのところにつるし、大きくする。母貝として真珠の生育が可能な大きさである10〜20センチにまで育つのは1%以下の確率という。3年後には、約6000個が母貝となるのに十分な大きさになった。

ようやく、母貝に細胞片と核を植え付け真珠を育てる段階となった。しかし、直面した課題は、資金調達だった。悩んでいたときに、地元銀行からアドバイスされた。インターネット上で事業への出資などを広く呼びかけ資金を集める手法である、クラウドファンディングの活用だった。こうした事業投資型の資金調達サイトを運営する東京都千代田区の会社の紹介を受け、ファンドを組んだ。今までに3度の呼びかけを行い、資金を得た。来年には、このファンドの償還が始まる。

14年には、組合は真珠を「琵琶パール」の名で商標登録、原産地証明も発行してブランド化にも取り組み、昨年、育てた「琵琶パール」の出荷を始めた。斎木さんは「復活の光が少しずつ増しつつある」と話す。

真珠養殖の最盛期、斎木さんのところにも、購入のためにたくさんバイヤーが訪れた。しかし、80年代以降、それも途絶えた。

今、新しい販路も考えないといけないと思っている。生産者自らが付加価値を付けることができるよう、ペンダントやイヤリングへの加工技術も学んできた。「琵琶パールがかつてのような輝きを取り戻せるよう、努力を続けたい」と話す。=次回は12月18日

◆後継者育成にも努力
斎木産業株式会社
所在地・近江八幡市古川町513。1973年に設立。資本金1000万円。従業員2人。養殖事業は、元県職員で県真珠養殖漁業協同組合の設立にも関わった父、菊太郎さんが始めた。しかし菊太郎さんが急病のため、大学を卒業後、サラリーマンをしていた斎木さんが後を継いだ。

琵琶パール復活にはもう一つ、課題がある。後継者育成だ。今春、斎木さんのもとに、山梨県から男性(23)が技術を学びに来ており、ほかにも「やってみたい」と関心を示す人が数人いるという。斎木さんは「高度な技術が必要だが、今まで培った技術を出し惜しみすることなく、伝えたい。『これが琵琶パールだ』という真珠を作れる人を育てたい」と話す。

引用ここまで。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
湖国で働く /12 斎木産業 琵琶パール、復活に力 /滋賀 外来魚問題関連情報/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる