外来魚問題関連情報

アクセスカウンタ

zoom RSS よみがえる日本の環境 富士山と隅田川 よみがえる日本の環境(序論)

<<   作成日時 : 2016/12/22 23:48   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

>隅田川の支流の日本橋川では、生き物が安心してすむことのできる水質を証明するために、2012年から地元の団体や小学生らがサケの稚魚の放流をはじめた。「サケが戻ってきた」と地元の人たちは胸を張っていうだろう。「ついに墨田川を取り戻した」と。

新聞社の科学部出身でで環境ジャーナリスト。環境学者の人がこれですか。これじゃ山崎氏がニシキゴイを公的水面に放流なんて暴挙に出るのも仕方なしか?

以下引用。
http://www.nippon.com/ja/features/c03901/
よみがえる日本の環境 富士山と隅田川 よみがえる日本の環境(序論)
[2016.12.21]

筆者が新聞社に入社し、科学記者としてスタートを切った頃、日本は「公害時代」に突入しつつあった。国内の公害問題を追っていくうちに、地球全域の環境問題に発展して、130カ国を踏査。世界各地で進む環境破壊の現場をリポートしてきた筆者が、再び、日本国内に目を向ける。

日本の縮図でもある東京で生まれ育って環境の変遷を振り返ってみると、私にとっては「富士山」と「隅田川」が環境の指標だった。

隅田川にサケを放流

東京の東部を南北に流れる隅田川の流域内人口は、約330 万人。世界でも類をみない大都市の中心部を貫く川だ。私にとっての隅田川の思い出は、花火大会と切っても切り離せない。子どものころ、毎年家族で見物にいくのが夏休み最大のイベントだった。当時は「両国の川開き」と呼んでいた。

隅田川は江戸時代からつづく日本最古の花火大会の舞台であり、舟遊びや川面の屋台など庶民のレクリエーションの場として愛された。この光景を描いた浮世絵が数多く残されている。一方で、川は資材を運ぶ水運の要であり、江戸の経済・生活を支える重要な存在だった。

このころの欧州の都市河川は、汚水が流れ込み巨大な汚水溝となって臭くて近づけなかった。テムズ川では1858年夏に、流れ込む汚物で腐った川から悪臭が街を襲い、川岸にある国会議事堂や裁判所が一時的に閉鎖された。「大悪臭事件(Great Stink)」として歴史に残る。

江戸は18世紀はじめには人口が100万人を超え、パリ、ロンドンと肩をならべる世界の大都市に発展していた。江戸を訪ねた外国人は、隅田川で子どもたちが水泳に興じ、魚が泳でいるのを見て驚愕した。屎尿は川に流さず、回収して肥料としてリサイクルしていたからだ。

隅田川の花火大会は、1941年から 戦中戦後は中断していたが、48年に再開された。しかし、高度経済成長期以後に首都圏の道路網は整備され、隅田川が担ってきた物流機能は陸上交通に取って代わられた。同時に、下水や工場排水が隅田川に流れ込み、川の水質は急激に悪化した。さらに、水害から街を守るために高い堤防が築かれ、住民は川から分断されて川への関心は失われていった。墨田川は汚れた川の代名詞にもされた。

住民から見捨てられた川は惨めだった。50年代に入って有害ガスや悪臭が立ち込めた。魚も貝も姿を消して、付近住民は健康被害を訴え「東京都人権擁護委員会」が乗り出す騒ぎになった。花火大会会場にも悪臭は漂って、観客は風向きによっては鼻をつまんで見物していた。ついに61年、悪臭のために「川開き」は中止された。

230年近くつづいた花火大会の中止は、地元の人びとにとっては衝撃だった。自治体や地元町会や地域の企業は、川の浄化・環境改善に立ち上がった。住民と川を隔てていた高い堤防も一部で取り壊されて、自然に近い堤防に戻された。下水道の整備が進められ、下水道の普及率は88年には90パーセントになり、その6年後には100パーセントを達成した。さらに、工場排水の規制が一段と強化された。

この結果、2000年前後から水質は大きく改善してきた。1970年と比べると、水質汚染の指標であるBODは9分の1にまで下がった。以来、過去30年以上連続で国の環境基準をほぼクリアしている。まだ種類は少ないものの、魚や水鳥が戻ってきた。岸辺の水生植物も回復してきた。川に架かる橋がライトアップされて夜景の名所にもなった。

墨田川の支流の日本橋川では、生き物が安心してすむことのできる水質を証明するために、2012年から地元の団体や小学生らがサケの稚魚の放流をはじめた。「サケが戻ってきた」と地元の人たちは胸を張っていうだろう。「ついに墨田川を取り戻した」と。

わずか数十年の間に、これだけ環境が変貌を遂げた国は、世界の歴史を見渡しても見つけるのが難かしい。すでに環境の悪化は先進地域から発展途上地域へと移り、現在はアジアや中東やアフリカの国々が深刻な環境問題に直面している。日本の歩んだ道はかならずやこれから発展していく地域のお手本になるだろう。


石 弘之  ISHI Hiroyuki
環境ジャーナリスト。環境学者。朝日新聞社編集委員を経て、国連環境計画(UNEP)上級顧問(ナイロビ、バンコク)、東京大学大学院教授、ザンビア特命全権大使、北海道大学大学院教授などを歴任。この間、国際協力機構(JICA)参与、東中欧環境センター理事(ブタペスト)、日本野鳥の会理事などを兼務。主著に『地球環境報告』『キリマンジャロの雪が消えていく』『名作の中の地球環境史』(岩波書店)、『私の地球遍歴―環境破壊の現場を求めて』(講談社)、『鉄条網の歴史』『感染症の世界史』(洋泉社)など。

引用ここまで。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
よみがえる日本の環境 富士山と隅田川 よみがえる日本の環境(序論) 外来魚問題関連情報/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる